わたいりカウンター

わたいしの時もある

 朝の音

遥かに江を泝(さかのぼ)る船人の歌を聞く歌一首
 朝床に聞けば遥けし射水(いずみ)川
  朝漕ぎしつつ歌う船人
(万葉/巻十九/4150)

 母方の祖母の家に行く度に、耳がツーンとした。玄関を開けると漂ってくる、木と畳とタバコと油絵の具とコーヒーとカレーと、そういったものが混ざったような独特の匂いに、幼い僕は勝手に臨戦態勢になっていた。でも、一晩泊まって帰る頃には居心地が良くなっているから不思議だった。従兄弟と遊ぶトランプやUNOをずっとやっていたかった。
 でも祖母の家に泊まるなら、夜更かしは厳禁だった。すぐそばに高架があり、早朝から電車が線路の上を走る音が響いてくるから。

 冒頭の歌は、朝、布団の中で聞くと遠くに感じられる、射水川の朝船を漕ぎながら歌っている船人が*1、というような意味になるだろうか。
 朝からバリバリに働くというのはちょっと大変だろうけれど、この布団から遠く船人の歌を聞くという状況は、ゆるやかに一日を始めることを促してもらっている感じがして、いいゆるさの空気感が滲んでいる。
 この歌を読んでいて、現代に置き換えるなら、新聞配達の音に早朝を知る徹夜後半戦などだろうかとも思ったが、やっぱり布団にいるというのが重要だよなと思い直した。
 そうしているうちに、朝起きる頃にはすっかり家の一員みたいな居心地の良さを感じているのだけれど、普段は聞かない早朝の電車の音に、やっぱりここは自宅じゃないんだ、祖母の家なんだと思わされた子供の頃のお泊まりの記憶が思い出されて、明日の朝は何か起きたりしないだろうかと期待してみたい気持ちになった。