わたいりカウンター

わたいしの時もある

白真弓

天の原振り放(さ)け見れば白真弓(しらまゆみ)

 張りてかけたり夜道はよけむ

  (万葉/巻三/289/間人大浦)

 「白真弓」という語彙の意味を知ると、この歌がぐっとわかりやすくなると思う。
 『鬼滅の刃』という作品が多くの人の耳目を集めている。大正時代を舞台にした夜行性の鬼を敵に据えたバトル漫画で、敵陣営の強さの等級が、月の満ち欠けにちなんで上弦や下弦に番号を添えて表されている。
 作品についてはこれまでもこれからも語られるだろうからここでは触れないが、かつてこれほど上弦下弦の概念が人口に膾炙していることはあったのだろうかと思ってしまう。
 半月を想像してほしい。月の満ち欠けによって、丸い月の上半分が影になると、下側に曲線が、上側に比較的まっすぐな線が引かれるように映る。その下側の線を弓に見立てて、上側の直線を弓に張った糸「弦」に見立てて上弦の月と呼んでいた。その逆に半月の下半分が影になると、逆に上が弓に下が弦になるから下弦の月というわけである。
 こんな風に月を弓に例える文化を確認すると、白真弓というのがなんなのか見えてくる。月の満ち欠けの中で新月に近い、細長い三日月のシルエットとその色から、真っ白い弓のように見えていたということを伝える名詞なわけですね。

 冒頭歌は、大空を振り仰いでみると真っ白い弓が張っているように細い三日月がかかっていて、これで夜道は充分(歩ける)、という意味。
 道路照明灯なんて当然無い夜の道は不安がいっぱいだったはずだ。郊外の旅路であれば、野盗や山賊や危険な野生動物のオンパレード。まだオオカミだっていたかも知れない。
 それだけに、暗い夜道にあって、満月とまではいかなくとも細長い三日月が出ているのはとても心強いというのを「夜道はよけむ」と歌っている。
 不安の中にあってわずかな希望を重宝していく切実さも感じられる歌で、それは重いテーマでもあるけれど、「白真弓」という神聖ささえ感じるさわやかな語彙が歌の印象を軽やかなものにしていている。