わたいりカウンター

わたいしの時もある

たぶん終始泣いているのは私だけ

 

夕闇は道も見えねど旧里(ふるさと)は

 本来(もとき)し駒にまかせてぞ来る
  (後撰/恋五/978)

 返し

駒にこそまかせたりけれあやなくも

 心の来ると思ひける哉
  (同/979)

 夕闇が広がって道も見えないけれど、住み慣れていた里だから旅立った時の馬に任せて戻ってきたんだ、という歌。
 それに対して、馬が道を覚えていたからだったのか……理由もなくあなたが心にまかせて来たのだと勘違いしてしまったよ、という歌。

 まず一首目について語らせてほしい。
 夕闇が広がって道も見えないけど、っていうのがまず描写としてとても綺麗なんですよね。夜闇じゃなく夕闇なので、微かに赤いような青いような空ではあるのだと思う。でも大概暗いと。
 その夕闇を深読みしていくと、やっぱり人生の夕方を思い浮かべてしまう。ふるさとに戻ってくるというのは、錦を飾る時でもないなら、撤退してくる時ではないでしょうか。
 でも言えないわけですよ、色々あって戻って来たとは。成功して戻ってきたわけではないから、なんて言ったらいいか難しいわけですね。そこで、馬のせいにする。馬が道を覚えていたから、戻ってきたんだとこう来るわけです。でも、そうして見栄を張ってしまうくらいには相手によくみられたいわけですね。だからこれは恋の歌になるのでしょう。
 それに対して、地元に残っていた方はどう答えるか。それが次の一首です。
 私だったらどの面下げて戻ってきたんだと、泣きながら相手を叩くと思いますが、詠者はもう少し冷静でした。
 あー、そうですかと、馬が覚えていただけであなたは覚えてなかったのかと、私はてっきりあなたが来たくて来たんだと思ってしまったよと、こう返す。
 私みたいに取り乱してたら、その後の主導権も握られっぱなしで相手にふてぶてしく振る舞われてしまうでしょう。けれど、この詠者は違います。自分はこう思っているけれど、あなたももしかしてそうではないの?という問いをぶつける。私はあなたのことを思っていたんだ……それであなたはどうなんだと、答えなよと。
 なんというか、生きてきた時間を感じさせるやり取りですよね……この後2人がどうなったかも私は気になって仕方がない。
 戻ってきた方に対してちょっと身勝手だよな、と思う反面、残っていた方が望んでいるならうまく行ってほしい。
 恋五という部立は恋の中でも最後の方の歌が揃っているし、このあとはもう成就するか破局するかしか残っていないような状況ではある。
 この後ちゃんと言えよ!とも思うけど、私が戻ってきた方でこんな歌を返されたら、ちょっと泣いてしまうと思う。