たまきはる命に向かひ恋ひむゆは
君がみ舟の梶柄にもが
(万葉/入唐使/巻八/春の相聞/1455)
週末までに恋の歌を集めないといけないので、万葉集の相聞の歌を読んでいました。
冒頭歌は遣唐使ではなればなれになってしまう時に相手に寄り添った歌で、「仕事とあなただったらあなたのほうが大事だよ」と歌いながら、詠者は命懸けの船旅に出ることになります。
同1453番の長歌の詞書に天平5年(733年)笠朝臣金村が入唐使に贈る歌とあり、その歌に入唐使(の誰か)が応えた2首のうちのひとつです。
訳は「たまきはる命に向かひ恋ひむゆは」命がけで恋するよりは「君がみ舟の梶柄にもが」あなたのお船のための梶の持ち手にでもなりたい、という感じでしょうか*1。
恋するよりも梶の持ち手になりたい、と言われてもすぐにピンと来なかったのですが、背景を考えると結構重い感情の歌のような気がします。
当時の遣唐使は、航海技術の都合、確実に行って帰ってっこられるものではなかったからです。それでも文化や技術を吸収して戻ってくるために、任命された人たちは命懸けで唐を目指しました。
そこで「君がみ舟の梶」が気になって来ます。船の進行方向を決める梶になりたい、というのはこれから長い時間船で移動する人の語彙選択として極めて自然ではあります。けれど、それがただの梶ではなく、詠者が恋い慕う「君が」恋人の船の梶であるところに強めの感情を読むこともできます。
仕事で向かう船旅よりも、貴方の行きたいところに行こうよ、私がその方向に船の向きを合わせるから。そんなニュアンスが「君がみ船の梶」にはあるかもしれません。
官僚であるはずの詠者は、仕事ではなく恋人に献身したいと歌う。実際には遣唐使として唐に向かっているにしても、勅撰集には採りづらい歌でしょう。しかし感情の密度の濃くて、惹きつけられてしまう歌です。こういう歌が読めるのは、勅撰集(天皇の命で作られた歌集)ではないとされる、万葉集の面目躍如と言えそうです。