わたいりカウンター

わたいしの時もある

求めれば

海の底沖漕ぐ船を辺に寄せぬ
 風も吹かぬか波立たずして
 (万葉/巻七/雑歌/1223)

  訳すなら「海(わた)の底沖漕ぐ船を辺(へ)に寄せぬ」沖に出て行った船が、岸に寄せてくれるような「風も吹かぬか波立たずして」風が吹かないだろうか、波は立たないで、という感じでしょうか*1
 「わたの底」というのは「沖」を導く枕詞です。
 それにしても、なんというか、あっけらかんとすごい要求するなこの人、という感じがします。
 船に乗っているものか、人か、執着しているものに対して、戻ってきてほしいという願い。その方法も、風が吹いて、でも波は立たないで、とかなり具体的な指定があるところに強い情念のようなものが見え隠れしている気がします。でも、表面上は「当たり前だけど何か?」という顔をしている。
 ……こうしたこの歌に感じる怖さは、多分私の自己肯定感の低さに由来する気がします。これがこうなってこうなったらいいな、と要は願望を二重に重ねているところが怖い。そんなに私は求められない。
 深い海底を覗き込むような心地がしました。

*1:参考:「現代語訳対照万葉集(中)」旺文社文庫