真澄鏡かけて偲へと まつり出す
形見の物を人に示すな
(万葉/巻十五/中臣宅守/3765)
胸焼けするくらい情念のこもった歌だと思ったら、流罪になった宅守が別れ際恋人に送った歌のうちの一首でした。
「真澄鏡(まそかがみ)かけて偲(しの)べと」とは(あなたから離れてしまう私のことを)ずっと想っていて欲しい、という意味*1。そこまではわかるのですが、「まつり出す形見の物を人に示すな」差し上げた形見は決して誰にも見せないでくださいね、というのが相手への執心の程をよく歌い上げていてちょっと面食らいました。
命令口調の下の句に、最初は相手への独占欲、共通の秘密をずっと守っていてほしいという、相手の思考に覆い被さるようなくどさを感じたのですが、考えているうちに、私のような罪人と通じていたことを他の人にことさらに伝えないでください、というニュアンスもある気がしてきました。
相手の幸せを思えばこそ、宅守は恋人に感情の落とし所をそれとなく伝えて別れを切り出している。そういう歌と考えると「示すな」と命令形で終わるこの歌がとても切なく思えました。