わたいりカウンター

わたいしの時もある

袖さへ濡れて朝菜摘みてむ

 冬十一月、太宰の官人等、香椎の廟を拝みまつり訖はりて退り帰る時に、馬を香椎の浦に駐めて、各懐を述べて作る歌
 帥大伴卿の歌一首

いざ子ども香椎の潟に白たへの

 袖さえ濡れて朝菜摘みてむ

  (万葉集/巻六/957/大伴旅人)

 さあみんな、香椎の干潟に真っ白の袖も濡れたって朝菜を摘もう、という歌。
 香椎は、現在の福岡県東区香椎か。
 朝だったり、白い袖だったり、かなりさわやかなモチーフがふんだんに盛り込まれている歌だ。いつ頃の海だったのだろう。夏だろうか。
 歌の前に、歌の詠まれた時期や経緯が書かれている。どうやら十一月の海で朝、海藻をみんなで摘もうとしていたらしい。冬である。寒くないかなと心配になってしまう。みんなに呼びかけている大伴旅人は、万葉集の編纂に大きく関わったとされる大伴家持のお父さんにあたる人だ。同時にここでは大宰帥、つまり一番偉い人であった。現場の人たちは寒いと思っていたけれど、上司の提案だし断わりづらいな、と思っていたかも知れない。
 そんな哀愁も感じられるこの歌、実は最近似たようなシチュエーションの音を聞いていて探していたのだった。
 その似たような状況とはずばりこちら。

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長崎県 対馬市

 

美津島町の加志地区では、冬から初春にかけてアオサ摘みが始まります。この風景は、対馬の風物詩。アオサの網は満潮時には海に沈んでいます。徐々に潮が引いてくると海面に網が現れ、静かな波が当たるポチャポチャという音が聞こえてきます。潮が完全に引くと網にびっしりとついた緑のアオサを手でプチプチと摘みます。完全には摘まず、さらに成長させるために根を残してちぎります。 

 太宰府があったのは福岡なので厳密には違うのだが、同じ九州で海藻を収穫している音がここで聞くことができる。
 音のソノリティはアーカイブをたまに聞いて楽しんでいるのだけど、まさか万葉集の歌の解像度をぐっと上げるような効果までは期待していなかったので、ちょっと興奮してしまった。
 いま冬の海で海藻を摘もうと誘われたら、素直に裸足で干潟に踏み入れてしまうと思う。