一昨日も昨日も今日も見つれども
明日さへ見まく 欲しき君かも
(万葉/巻六/雑歌/(上略)門部王の家に集ひて宴する歌二首/橘文成/1014)
小学生の頃、毎週友達とジャンプの話をするのが楽しみでした。よく遅刻してきて先生から「社長」と呼ばれていたやつが隣の席で、彼女と話すのが月曜日の楽しみでした。こっちは早く話したくてソワソワしてるのに、やつは月曜日も普通に遅刻してくるので、やきもきしながら登校を待っていました。
冒頭の一首は、ここんとこ毎日会ってるけど明日も見たいと思うあなただなあ、という感じの歌*1。宴のうたとあり、冷静に読むとなんでもないような歌ですが、盛り上がってた宴席では、この羅列、それから相手への思慕の念も相まって盛り上がったんだろうな、と思いました。言外には明日にはもうお別れだから、と相手がこれからいなくなることを惜しむ気持ちもあるでしょうか。
一読して上の句「一昨日も昨日も今日も」の羅列に目を奪われていました。でもよく読むと、下の句の「見まく 欲しき」と句跨りになっているところが「欲しき」と相手を求める言葉を強調していて、宴の勢いだけで読んだにしては細部も理にかなっていて、いや、いい歌ですね。
我が身を振り返って、毎日会ってるけど明日も会いたい、なんて気持ちになったことはないんじゃないかとすこし悲しい気持ちになったのですが、そういえば、と思い直しました。たまにある、ジャンプが月曜日じゃなくて土曜日に発売される週の金曜日は、明日も学校に行って、何限になるかもわからない、やつの登校を待ちたいと思っていたからです*2。