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わたいしの時もある

和歌じゃない短歌の紹介の仕方がわからない

恥知らずそれはペンギン羽撃(はばた)けど
翼とならぬ歌の数々
(『群黎 I』佐佐木幸綱「動物園抄」)

 たくさん本を読んでいるわけじゃないけれど、わたしなりにオールタイムベストを選ぶならその中に必ず『ペンギン・ハイウェイ』が入る人間なので(?)、上の句「恥知らずそれはペンギン羽撃けど」を読んだときは、ほう、いいでしょう、決闘ですか? とファイティングポーズをとったが、下の句を読み終えると同時にもんどりを打って地面に転がることになった。何をされたかわからないまま倒れているわたしも観客の皆さんも(もしもうすでにわたしも地面に転がっているよ、という人がいたら砂利敷きの地面に頬を乗せたわたしと目があっていますね。テクニカルK.O.を告げるジャッジの声が聞こえますか?)、スローモーションでもう一度映像を振り返ってみましょう。

 まず上の句ですね、これは、至って普通のジャブに見えますが……はいここ! よく見ると母音Aが「恥知らず」「羽撃けど」と響いていて、少ないながらもメリハリの効いた質の高いジャブになっていますね。この歌のモチーフである「ペンギン」という言葉も自然に際立たせている気がします。しかし、響きはともかくとして、上の句の意味自体はただただペンギンに対して挑発的で、それでいて自己開示もなく、メンタルをノックアウトするだけの威力に欠けるように思われます。となると……やはり下の句が強烈だったようですね。

 下の句には同じモーションを逆再生したようなフェイントがリズミカルに2回も使われているようなのです。しかもその2回の外しさえ似ているようで微妙に違う。これにはガードも意味をなしません。ゆっくり流れる映像の母音に注目してください「翼」uaa「ならぬ」aau、まずここですね。一瞬上の句と同様に右手から繰り出される母音Aに目が行きがちですが、よく見ると母音Uまで対応しています。このコンビネーションでガードが完全に崩されている。そして……ここ! 「歌」ua「数々」auau、いや、これは、ガードが下がったところに左右のラッシュを決めるのはセオリー通りの動きではあるのですが、ここで先程の「翼」「ならぬ」の母音A Uのガードを崩す押し引きの呼吸を、一度uaを見せてからauauと畳み掛けるラッシュの構造にも援用していて、これは……現役でも、いや、歴代含めて、食らって立っていられる選手はいないんじゃないか……?

 さて、全体を振り返ると実はもう一つの押し引きが意味の上で行われていることに気づかれましたでしょうか。「恥知らずそれはペンギン羽撃けど」では全く感情移入などしていないような素振りをしておきながら「翼とならぬ歌の数々」と、遠く遠くへ届けたい言葉がいくつも足元に転がっているままならなさを吐露する。自分の悩みを打ち明けるような形で、内省も、ペンギンへ想いを寄せることにも成功しています。ペンギンへの軽視をフェイントにして、自己開示と同情を同時に打ち込んでくる。その威力に倒れない人間がおりましょうか*1

 おや、そろそろお時間のようです。最後に同じく「動物園抄」で冒頭歌の次に並び、巻末首でもある歌を紹介して終わりたいと思います。実況はわたしでした。おやすみなさい、さよなら、さよなら。

荒々しき心を朝の海とせよ
海豹(あざらし)の自由いま夢の中

*1:放送後、実況は電源の切れたマイクにため息を落としてひとりごちた「わたしには下の句「翼とならぬ歌の数々」に親心さえ感じられました。自らの歌が形を得て空に羽ばたいていくなら、遠く遠くまで飛んでいってほしいという親心をです」