わたいりカウンター

わたいしの時もある

もゆとは人に見えぬものから

  やよひのついたちごろに、女につかはしける

なげきさえ春を知るこそわびしけれ
 もゆとは人に見えぬものから
 (後撰/春中/65)

 ちょっと揚げ焼き卵を作っていた時の失敗を聞いてほしいんです。
 ペペロンチーノの要領でニンニクをオリーブオイルで揚げていた時のこと。
 卵を割っているうちにニンニクが狐色になっていました。早く取り出さないと苦味が出てしまう。咄嗟に手近な箸で高温のオリーブオイルから取り出したのですが、唐突にケミカルな刺激臭が漂います。箸がプラスチック製で溶けてしまったのです。ニンニクの良い香りと一緒に、薬品臭さの染みこんだオリーブオイルが出来上がりました。
 箸を見ると先端がひび割れ、高温でふにゃふにゃになっている。まだまだ使える箸でした。本当に申し訳ない。
 歌を訳すなら、「なげきさえ春を知るこそわびしけれ」嘆息まで春だと気づくのはつらいなあ「もゆとは人に見えぬものから」(春の芽吹きみたいに嘆息が)出てくるって他の人には分からないでしょうから、という感じでしょうか*1。なげきが「嘆き」「投げ木(薪)」、もゆが「萌ゆ」と「燃ゆ」と掛詞になっているのがおもしろいところ。
 気づいてもらえない嘆きがつらいという表層の「嘆き」「萌ゆ」と、「投げ木」が「燃ゆ」みたいに心の中が燃えている(と感じるくらいつらい)ことを伝えています。技巧が感情表現として機能していて良いですよね。
 捨てるために、キッチンペーパーに染み込ませたオリーブオイルが紙を黄緑色に染めていったのを思い出しました。嘆きが萌えるならあんな色だったかもしれないと思いました。
 何より「燃ゆとは人に見えぬものから」が燃えるとは人間にはわからないでしょうからね、とダメにしてしまったプラスチック箸からなじられているように聞こえてしまって、目を覆いたくなりました。