わたいりカウンター

わたいしの時もある

正反対の空

大空はくもらざりけり神無月
時雨ごこちは我のみぞする
(拾遺/恋一/よみ人知らず/651)

 ゲリラ豪雨の中を自転車で帰らないといけなくなったことが何度かあります。
 歌は、晴れ渡る大空と自分の悲しさを対照的に描き出しています。訳すなら「大空はくもらざりけり神無月」大空は曇ってないなあ神無月(なのに)「時雨ごこちは我のみぞする」時雨の気配は私からだけするね、という感じでしょうか*1。「くもらざりけり神無月」で「ざり」と「無」と否定がリズミカルに二度続くところなど音と意味がたのしいです。
 この歌、失恋の歌だと思っています。募らせた想いは、相手の気持ちを知ってから、行き場をなくしてしまった。相手と自分の温度差がそのまま、あっけらかんと晴れている大空と「時雨ごこち」の我の対比になっているのだと思うのです。
 つらい歌に、思わず詠者へ何かかけることばを探していて、心とあべこべな天気といえば、ゲリラ豪雨に降られながら自転車を漕いでいるときはなんだかすごい楽しい、というのを思い出しました。ですが結局、かけることばは見つかりませんでした。今回の歌の構図に当てはめると、相手(大空)は号泣してるのにその状況で何故か高揚してるだけの人間でしかなく、端的に言ってやばいやつだし、そんなエピソードを失恋でへこんでる人にしても困惑させてしまうだけだと思ったからです。