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大事な   の心の時間かせぎ


片岡のこの向つ峰(を)に椎蒔かば
今年の夏の陰にならむか

(万葉/巻七/雑歌/岳(おか)を詠む/1099)

 一読して、いやめっちゃ仲いいな?ってなったのですが、理由がよくわからないので考えてみたいです。

 まず「片岡のこの向つ峰(を)に椎蒔かば」片岡のこの向こうの峰に椎を蒔いたら、というこの仮定がなかなか突拍子もなくないです? もっと他に喋ることないのか。なかったんだろうなあ。このレベルの世間話って相当仲良くないと始められない気がするんですよね。あるいは時間を相当共有しているとか*1*2。まず話題の選び方から気の置けない雰囲気が漂っている気がします。

 「今年の夏の陰にならむか」今年の夏には(椎の木が成長して)影になってるかな*3、というのも何か仲がいい。考えてみると、今年の夏にはまたここから椎が成長したことを確認する、という仮定があるからでしょうか。それに夏の熱い日差しを避け、2人木蔭で休んでいる様子を想像させるのも、やっぱりなかよしだな君たち、って。ここまで書いてみて、歌は心の鏡でもあるから、ほのかな親愛の情を大仰に拾っているかも知れないわたしは、もしや今さびしいのだろうかと、ちょっと冷静になりました。

 ところで、この歌って季節で言うとどのくらいの頃の話なのでしょう。
 椎というのはどんぐりのなる木みたいです。どんぐりを植えるのは秋がいいらしい(考えてみればどんぐりが落ちているのも秋頃ですからあたりまえなのかもしれない)のですが、未来に今年の夏が存在するのは1〜3月の春しかない。すると、歌が詠まれた春にどんぐりを植えても、夏には芽吹かない可能性の方が高いかもしれません。よしんば芽が出たとしても、椎の成長速度ではまだまだ背丈も低くひとり分の影もできないかも。

 想像していた景が崩れはじめました。そもそもこの詠者は、向こうの峰をほかの誰かと見ていたのでしょうか。旅の中でひとりで読んだ歌を、気心の知れた相手に伝えるためにこの歌が作られたということも考えられます。歌は心の鏡です。しかし。名を知れぬ詠者さん、この歌を詠んだとき、あなたもさびしかったのでしょうか。

 心からいったん目を離して、構造で好きなところを少しだけ。春から夏を望むという時間的展望はそのまま、向こうの峰を眺める詠者の今と重なるのではないでしょうか。景を描写するようでいて、自分の心も述べている巧みさは、歌を送った相手が近くでも遠くでも、詠者の心情を伝えるのを大きく助けたでしょう。

 ふと、影は遠くに伸びれば伸びるほど、大きくなることに気づきました。この歌は今いる場所じゃなく、向こうの峰に椎を幻視している。突拍子もないことかも知れませんが、距離と角度など条件が重なれば、どんな小さな遮蔽物でも大きな影を作ることができるはずです。例え光を遮るのが今年芽吹いた椎の若木だとしても、この歌を詠んだ人や、受け取った人、わたしも、あなただって、入ろうと思えばいつだって万葉の影に入ることができる。

 日向をずうっと歩いていくことも、日向と影を行ったり来たりすることもできるし、先人が築いた影の下をずうっと最後まで歩いていくこともできるでしょう。日向がこわいわたしみたいな人間にも、現代はやさしい。でも、時間とともに日は傾いて影の形を変えてくるし、そもそも行きたいところに影が伸びてない時がある。そういう時は自分で日向に出て、光の近くに何か遮るものを置きにいけたらいいな。その遮蔽物はそんなに大きくなくても、例えばどんぐりぐらいの大きさでもいいのかもしれないと思うと、少しだけ書くことが楽になるような気がしました。*4

 

*1:この退廃的とも言える会話の始め方に、パイレーツオブカリビアンの何作目かで船が遭難しかけた時の、キャプテンスパロウとその相棒?ギブスの「水がねえ。もう酒しかねえ」「酒もねえ。もうなんもねえ」(うろ覚え)というやりとりを思い出しました。内容自体は業務連絡的ですが、樽だかマストの根っこだかに腰を下ろしてもう何時間も経っているというのが服装の汚れからわかるシーンで、なぜだかずっと覚えいてしまっているんですよね……この例えを書くか書かまいか悩んだのですが、昨日散歩してたらピアノ教室からメロディ単音でたどたどしくパイレーツオブカリビアンのメインテーマが流れてきたので、書くことにしました。

*2:こういうことが起こる蓋然性について考えたのですが、音階如何によっては、右手でポジションをあまり動かさずに、連符の練習ができる課題曲とし重宝されうるのかもしれないと、ふと思いました。テテテッテ テテテッテ テテテッテ テテテ

*3:訳などは「萬葉集 2」日本古典文学全集を参考にしています

*4:タイトルの引用元の何度も聴いている曲です
パジャミィ / いよわ feat.初音ミク(Pajamy / Iyowa feat. Hatsune Miku) - YouTube