わたいりカウンター

わたいしの時もある

はためく白の帯

 今日はランダムな辞書のページの項目でひとりワンドロ(ライ?)をやりました。
 項目は「石匠」でした。
 久々だったので一時間書いて終わらず、結局一時間加筆修正しました。
 
 百人一首の2番は緑と白のコントラストが好きです。
春過ぎて夏きにけらし白妙の
衣干すてふ天の香具山
(百人一首/2/持統天皇)
 最近、直方市へいく機会があったのですが全日程雨で困りました。ただ、雨に烟る山は綺麗で、この歌を思い出してちょっと元気になりました。  *1+1ドロ(ライ?)

*1:

 現場の柵の内側で、わたしとおっさんは休憩していた。
 静かだ。わたしとおっさんしかいないにしても。
 山に入る手前のコンビニで買ってきた弁当やらも食べ終わって「今ご飯食べてるんで」という大義名分も無くなってしまったので、その、なんとなく気まずい。
 おっさんといえば、ぷっくり膨らんだお腹をさすりながら今組んでいる石垣の方を眺めている。
 おっさん、もとい石工の師匠の笹場さんはタバコを吸うらしいのだけど、本当に楽しい時しか吸わない、と言っていた。もうかれこれ半年くらい住み込みで助手として教わっているけれど、全然吸っているところを見たことがない。わたしもタバコは吸わないし、間が持たない。
 「そ、そういえば」ええと、天気「晴れて良かったですね、今日。昨晩まで雨降ってましたし」
 おっさんは、こっちをみると髭をなぞって軽く頷いた。いつも大体こんな感じである。必要最低限のコミュニケーション。この人のところに来て二週間くらいは、嫌われているのかとドキドキしたものだったけれど、今ではこれは平常運転だとわかっている。わかっているけど、ついつい話しかけてしまう。
 わたしは愛想笑いを返す。会話がなくても気にならない人なのだ。ほんとうに石のこと以外興味ないという感じで、まあ、師と仰ぐ人としては申し分ない人なのだけど。
 努めて沈黙を見ないようにして、わたしも午前中に組み上げた一段目の石垣を眺めることにした。
 ほんとはこの現場は昨日からだったのだが、雨で順延となって今日が初日だった。
 住んでいる作業所で石材は大まかに切り出してはくるけれど、実際に石垣を組む時になって微調整が必要だったりするから、一番下の段を並べ終えて、二段目を組むとなると、削ったり割ったりして周りの石に合わせる作業が必要になる。
 よその文化では石と石の間にモルタルだの薄く紙みたいにした石だのを間に詰めて補強するところもあるらしいのだけれど、うち、というかうちの師匠はそういうのも全くなく石の大きさを調節するだけでぴたりと組み合わせていく。そう、ここがかっこよくてわたしは笹場さんに弟子入りしたのだ……あ。
 「よそだとドライストーンって言うらしいっすよ」
 何? と訝しげにこっちを見るおっさん。わたしは続けた。
 「この、普通石組して塀とか基礎とか作る時って、よその人は間にセメントとかモルタルとか入れるんですって。でも師匠は入れないじゃないすか。石の形だけで組む。それはよその人にとっては普通じゃないから、ドライストーンって」その「師匠のやり方って特別な呼び名があるんですって」
 珍しくわたしの話に興味を示して、というかわたしの方を凝視して、なんだなんだとこっちが身構えていると、思い出したように自分の作業ベストやらニッカポッカー職人用の太いズボンーのポッケをあちこち叩くと、ニッカポッカの左ポッケからタバコの箱を出して、その箱の中からライターを出すとにっこり笑う。
 「そしたら俺の歯もドライストーンってか!」と豪快に笑い声を上げた。おっさんはところどころ歯がない。
 「いや、もう崩壊寸前の石垣ですよ! むしろ差し歯くらしたらいいのにっていつも「いいんだよ、石垣さえ綺麗に並んでりゃよ」そう言ってわたしの小言を遮ると、これ見よがしに笑って歯茎まで自分の口の中を見せた。昼ごはんの後だからかうっすら糸引いてたし、もうほんとにドライストーンでもなんでもない。歯並びはぼろぼろで、ところどころに穴。下の歯の左側、中央の二本と犬歯の間の空洞にタバコを差すと、おっさんはライターで火をつける。一瞬だけ唇でタバコを咥え、大きく息を吸ったかと思うと、ニカッと笑ってそのまま息を吐いた。他にもまばらにある歯のない場所から何本か煙の筋が伸びた。
 そういえば今朝出がけに見た山は、昨日の雨で蓄えた水分を朝日の暖かな光で蒸発させて、いくつも白いもやの筋が空へ向かって上がっていて、なんだか山が力を溜めてるみたいだった……こんなことを思い出すのは、おっさんが髭を夏の山みたいにこんもり蓄えているからだろうか。
 タバコを吸ってる笹場さんを初めて見たって気づいたのは、午後の作業が始まってしばらく経ってからだった。